15歳で単独海外へ。6年間の海外生活で環境適応能力と世界を客観的に見る力を得た話

こんにちは。

海外フリーターです。

この記事では今までの長い海外生活で僕が得た二つの貴重なスキルについて書きます。

今まで24年間生きていた僕の人生の中で間違いなくトップ3に入る出来事がある。

そう、それは高校生の時にオーストラリアへ留学したことだ!

海外に始めて留学したのは15歳の時。

都内の中学校を卒業してから、わずか2週間後には青い海と綺麗なビーチで有名なオーストラリアはゴールドコーストへ一人飛行機に搭乗する僕がいた。

あれから9年も月日が経つが今でも成田空港の出発ゲートで両親とお別れしたシーンのあの瞬間が今でも頭の中にしっかりと残っている。

15歳という若い年齢で留学したきっかけは間違いなく両親のグローバルな志向の影響である。

というのも僕が生まれる前に両親が昔付き合っていて、オーストラリアにワーホリ制度を使って2人とも住んでいたからだ。

両親がワーホリしていた1990年代初期のワーホリ世代はネットはもちろんスマホ何て便利な物は存在してなくて、今に比べて圧倒的に海外の情報を得るのが難しかった時代。

両親に当時の話を聞くと今はスマホやPCで簡単に仕事や家を現地で探すことができるが、当時はデジタルが全く機能していなかった為、町に出ては掲示板を探し歩き仕事や家を探していたそうだ。

今ワーホリしている人たちには想像もつかないほど海外で生活することは大変だっただろう。

そんな厳しい環境の中海外に挑戦したこの世代はまさに、今のワーキングホリデー制度の基盤を作ったと言っても過言ではない世代。

そんなハードな環境の中オーストラリアで1年間サバイブした両親の間に生まれたのが海外フリーターを書いているこの僕だ。

決してお金持ちの家庭に生まれた訳ではないけれども、僕は小さい頃から毎年毎年海外に連れられていた。

父に「海外というアウェーの環境でも雑草のように強く生きる男になれ!」と小学校低学年の頃から耳にたこが出来るくらい言われて続けていた。

写真はクレイジなー父と24歳の時に撮影したもの笑

英語が全く分からない当時10歳だった僕は一人で入国審査させられたり、旅行先でアイスやお菓子が食べたかったら自分で現地の人に聞いて自分の足でスーパーを探さなければいけないなど、小学生ながら毎回旅行に行くと謎のミッションを課せられていた笑

何気ない日常の場面でもそういうことがあった。

家で映画をテレビで見ていて、トイレから戻ったら勝手に音声を英語に変えられているなんてよくあることだった。

そんな海外志向が強くてちょっぴり破天荒な父の背中を見て育った僕は15歳という若い年齢で海外へ1人羽ばたいた。

僕は今まで↓の国に住んだ経験がある。

-オーストラリアに4年半

-カナダに1年半

-タイに1ヶ月

計算すると15歳から24歳の9年の間で日本に住んでいたのはたったの2年半。

つまり思春期真っ只中から社会人3年目にあたる今までの大半の時間を海外で過ごしたことになる。

この15歳の時から始まった6年間の海外生活で得たスキルは

‘環境適応能力’’世界を客観的に見る力’だ。

環境適応能力とはなにか?

-環境に従い行動や 考え方をうまく切り替える能力。または適応する力。

海外で生活する上でこの環境適応能力ってやつが無いと絶対にやっていけないのは間違いない。

「日本の常識は世界の非常識、郷に入れば郷にしたがえ」

日本を離れ、実際に海外に行ってみなければこの言葉の意味を到底理解できないはず。

僕は今までの海外生活でホームスティ4件、シェアハウス7件、ゲストハウス1件に住んだ経験がある。

オーストラリア、カナダ、タイと3ヶ国に渡り様々な人種の人たちと同じ屋根の下で暮らしてきた中で今まで数えきれないくらいカルチャーショックを受けた経験がある。

最初の話は高校留学をしていたオーストラリアでホームスティをしていた時のことだ。

オーストラリアで初めてホームスティした時にホームスティマザーがよく洗い物をした後に食器の泡を流さずそのまま乾かしていたのを今でも鮮明に覚えている。

最初は理解できず泡が食器についたまま放置されている光景を見て衝撃を受けた。

というか、えっ?まじっ?ってなった笑

オージーのホームスティマザーに理由を聞いてみると彼女はこう答えた。

‘私のおばあちゃんの世代からこういう風に洗っているけど今まで死んだ人はいない。むしろ洗剤が消毒になっていいのよ!’

日本人で今まで15年間生活してきた僕には彼女が言っている意味が全くわからなかった笑

彼女に色々と詳しい話を聞いてみると、どうやらオーストラリアの水事情が影響しているらしい。

オーストラリアは日本のように水資源が豊富ではないからなるべく節水する必要があるとのこと。

最初は洗剤をつけたまま乾かしている食器を使うことに抵抗があり毎回お皿をもう一度洗い直していたが途中からオーストラリアンスタイルに慣れた僕は全く気にしないようになっていた。

’ここはオーストラリア!いちいち細かいことを気にしてるようじゃやっていけない!’

と自分に何度も言い聞かせた。

日本で生活していると日本のルールが世の中の常識と考えがちだか、この世界は僕たちが想像する以上に広い。

世界的に見ると日本なんて所詮200数カ国ある国の一つに過ぎない。

日本にいる時は日本のルールが重要で海外には海外のルールがあるから海外にいる時はたとえ自分が納得しなくても相手の国を尊敬しなければとこの出来事を通じて学んだ。

そもそもルールなんて国や地域もあるかもしれないのにね笑

お次は、日本でも最近流行り始めたシェアハウスでのエピソード!

シェアハウスとはテラハみたいな感じで知らない多数の人たちと一緒に同じ屋根のした共同生活する家のこと。

オーストラリアとカナダで自分が住んでいたほとんどのシェアハウスはワーホリや留学生を中心としていて住人の入れ替わりが激しかった。

新しい仕事の為に引っ越したり、ビザの関係で帰国したりする人が多い現状があるからだ。

二段ベットをシェアしていた時、昨日まで下のベットにフィリピン人の学生が寝ていたのに朝起きたらコロンビア人のおっちゃんがに入れ替わっているなんてこともよくあったものだ笑

こんな感じでシェアメイトは基本的に固定されずコロコロ変わるのが当たり前だからその時にいるメンツと上手くやらなければならない。

お互い相手をリスペクトし合いながら生活しないと必ず文化、価値観の違いで喧嘩が勃発するに決まっている。

シェアハウスに慣れていなかった始めの頃の僕は何度も住居人の外国人とささいな事で言い争いしたことを覚えている。

英語で喧嘩すると、毎回英語力アップに繋がるからある意味言い争いしてくれた人たちに感謝しなきゃいけないな今でも思う笑

僕は今まで10カ国以上の違う国の人と一緒に働いたり住んだり、沢山の時間を一緒に過ごして理不尽な場面も嫌という程経験したけれけど、その経験のおかげで今では海外で何かハプニングが起こっても大抵冷静に状況を受け入れるようになった。

実際に6年も海外に住んでいるとエブリデーがハプニングでちょっとしたことでは動揺しなくなる笑

これは俗に言う海外あるあるってやつかもしれない。

というか環境適応能力を身に付けてから人生ポジティブになった!

ネガティブもポジティブに変え、さらに笑いに変えちゃうよ。Yay!くらいのハッピー野郎にならないとエブリデーがハプニングな海外では到底やっていけないという事を僕は15歳で学んだ。

ここまでが環境適応能力を得た話↑

次のテーマは‘世界を客観的に見る力’について。

ここで言う‘世界を客観的に見る力’とは簡単に言えば海外にきちんと目を向けているか、日本以外の国の状況あるいは情勢に興味を持ち、理解しようとしているかという意味。

正直、日本で生まれ育ち日本社会という小さな世界(枠)に収まって生涯一歩も出たことがなければ実際海外にそこまで興味も湧かないだろうし、海外について真剣に調べようとも思わないと僕は思う。

もちろん同じ日本人でも人によって考え方や価値観は違うから全員ではないということは認める。

今でこそインターネットの普及や2020年にオリンピックが開催されることが決定したこともあり海外というのが近い存在になってきてはいるけども、つい最近までの日本はというと海外カルチャーに触れる時と言えば学校の英語の授業だったり、テレビのニュース番組で戦争やテロについて取り上げられてる時ぐらいだったと思う。

関係しているかは定かではないけども、江戸時代に鎖国していた過去がある島国の日本は海外に(欧米諸国)比べて、少し前までは国外の情報が入ってくることが少なかったような気がする。

一つ例をあげるとすると日本人のパスポート所有率が23%と先進国に比べて圧倒的に低いことだ。

この数値は先進7カ国G7の中でなんと最下位。

単純に確率だけでいうと4人に1人しか日本を出たことがないという計算になる。

一方、僕はありがたいことに小さい頃から両親に海外に連れられていた影響もあり、海外という存在はとても身じかな存在だったはずに違いない。

911アメリカ同時多発テロ直後にアメリカに行ったり、インドネシアのバリ島であったテロの跡地に実際に連れて行ってもらったり、まだ小学生だった当時の自分なりに海外の現状や問題点を肌で感じていた。

この経験があってか今でも自分が行ったことのある国や、その国の近くでテロが起こるとまるで自分の故郷が被害にあった気分になる。

写真は2015年にタイはバンコクでテロがあったエラワン祠で撮影したもの

6年間オーストラリア、カナダ、タイと3ヶ国で多様な人種と暮らしたお陰でテロが起きた時にそれぞれの国の視点でテロの背景や原因を自分なりに推測するようになった。

日本でから一歩も出ずに日本でずっと暮らしていたら、日本の視点でしか物事を見ることができず、きっと視野が狭くなっていただろう。

日本国内で海外に目を向けていない、あるいはそもそも海外に関心が少ない人はどうかというと、恐らく海外で実際にテロが起こってもいまいち何なのかピンとこないと思う。

凄く残念なことだけど別にそれはその人たちが悪い訳ではないし、むしろ世界の情勢や現状をしっかり義務教育の間に教えない日本の教育制度に問題があると思う。

日本の報道メディアはもっと伝えるべきことをしっかり日本国民全員に伝える義務があるんじゃないかな。

6年間海外で暮らしたサイドから日本を客観視すると日本は素晴らしい国であると同時に多々日本社会に問題点があることは明確だ。

ブラック企業、年金問題、原発問題、領土問題、国の借金などクリアしなければいけない課題は数え切れないほどあるのが日本の2018年の現状だ。

今の日本の現状をしっかり見直さないとこれから日本は諸国にさらに遅れを取り、経済的にもこれ以上発展しない可能性がある。

日本にも良い部分は沢山あるはずだから早く改善してもっと世界に日本人は目を向けたほうが良いと僕は思う。

なぜなら日本には海外に負けないほどの技術やホスピタリティーがあるからだ。

やっぱり日本人として日本には成長して欲しいし、日本人で生まれてきたことに誇りを持ちたい。

さて本題に戻りましょうか!

15歳から6年間海外に住んだ経験のお陰で’環境適応能力’と’世界を客観的’に見る力を得ることができた。

日本国内でグローバル化が進み、ますます日本と海外の距離は縮まった世の中になってきている2018年。

LCCの活躍もあり、国内より物価の安い東南アジアなどへ海外旅行する人が増え、東京オリンピックを3年後に控えた日本にさらに海外カルチャーが入ってくることは間違いない。

Life is a journey, travel while you are young って言葉があるように、若い人がもっと積極的に海外に出て、実際に目で見て色んなことを吸収して日本の良いところと海外の良さをミックスすれば日本社会は良い方向に変わるだろうと僕は信じている。

その為にはゆとり世代を始め、今の若い世代が日本はもちろん海外にも視野を広げて活躍するしかない!

まだ具体的ではないけれども僕は将来何らかの形で今まで海外で培ってきた貴重な経験を日本社会に還元できればと強く思っている。

ここ9年間日本に住んだのは僅か2年半だけど生まれ故郷は日本だし、みんなが楽しくハッピーな人生を送れる日本になって欲しいという願いはずっと変わらない。

海外に興味があるけど中々一歩踏み出せない。

その気持ちは英語力ゼロ、ノースキルで留学した僕は痛いほど分かる。

でもこれだけは断言したい!

海外での辛い経験や苦しい経験はやがて将来の成功の糧となり

最終的に絶対に人生にプラスになる!

もしあなたが迷っているのなら勇気を振り絞って一度海外に飛び立つことをおすすめする!

正直、挫折して3日で帰国しても恥ずかしくないと思う。

それはそれでネタになるし、人生経験しなければ分からないことだらけと僕は海外で学んだ!

人生にリハーサルなんてないし今を精一杯生きよう。

it’s now or never!

Life is a one shot game so make sure there’ll be no regrets after all.

僕が環境適応能力と世界を客観的に見る力を得た話でした。

ブログを読んで頂きありがとうございました。

海外フリーター